隣のハットさん!

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ニッポンらぶなハット家のお騒がせ奮闘記 in Canada!!

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幼少の記憶 失くしたパンツ

昨日の記事の中で、幼い時の記憶に少し触れた。上級生の男子がキキとララのベルトをしていたという幼かった私にとって衝撃的な出来事なのだが、その後いろいろ昔のことを考えていたら、もっと幼い時の記憶が残っていたことを思い出した。

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記憶というより、記憶の映像といった方が良いのだろうか。場面、場面が映像として数枚残っている程度で、それは私が3歳の時のこと。

3人姉弟の真ん中に生まれた私は、姉の後ろを「お姉ちゃん、待って〜」といつも泣いて追いかけている鬱陶しいタイプ。でも姉が好きでいつも姉の後ろを金魚の糞のようにくっついて歩いていた。

事件が起きたのは、母が弟を出産してまだ間もない頃だったと思う。母が当時6つの姉に近所のショッピングセンターまでお遣いを頼んだのだ。時間は夕方だったと思う。6つの子をお遣いに行かせるところもすごいが、何がすごいってその姉に3つの私が付いて行ったこと。さすが昭和。この時姉の友達も一緒にいたような気がする。

ともあれ、私たち3人は近所のショッピングセンターまで歩いて行った。肝心の事件の記憶は都合よく抜け落ちていて覚えていないのだが、後から聞いた話によると私がショッピングセンターの中でお漏らしをしたらしい。そして困った姉は私のために子供用のパンツを盗んだのだ!それだけでなく、生まれたばかりの弟のためにベビー用品や母のために生活用品をいくつか盗んでいたらしい。”盗んだ”というと語弊があるかもしれない。確かにお金を払ってないのだから盗みには違いないのだが、姉たちの場合コソコソ盗んだものを隠さず堂々と取っていたので、”拝借”といった方が良いのかもしれない。

当時の姉たちに盗みは悪いことという概念があったのかはわからないが、パンツやベビー用品を盗む6歳児がいたらすぐに見つかるのは当たり前だろう。私の記憶が正しければ、ショッピングモールを出てすぐ見知らぬおばさんが後ろからやってきて私たちを引き止めた気がする。外はもう薄暗かった。

私がはっきり覚えているのは、みんな警察署に連れて行かれたようで(ショッピングモールから警察署に移動した経緯の記憶はない)警察署の応接室のようなところでお菓子を食べていた。警察署のおじさんは優しく、テーブルの上にはお菓子がいっぱいあって、私は「なんて良いところなんだろう」と嬉しそうにお菓子を頬張っていた。

多分姉たちはお説教されていたのだろうが、3歳児にお説教する警察官はいない。母が警察署に来た時も、私はニコニコお菓子を食べていたらしい。

自宅に帰ってきてからの映像もかすかに残っている。母はものすごく怒っていた。そしてその日の晩御飯はちらし寿司だった。なぜが家の仏壇の前に座らされていて、多分仏壇のご先祖様に謝っていたような気もする。この辺の記憶は定かではない。

これが多分私の中に残っている一番古い記憶だろう。きっと姉に聞いたら、姉バージョンのストーリーもあるのだろうが、3歳で万引きの加担をしたことだけは確かだ。

未だに一つ気になることがある。私のお漏らしをして汚してしまったパンツはどうなったのだろう?